2007年2月アーカイブ
心配りという言葉を聞いた時に何を思い浮かべるでしょうか?例えば電車やバスで席を譲ってあげたり、相手が喜ぶ様なプレゼントを贈るなど、形は人それぞれで異なると思いますが、それらの行為の基盤として誰かの事を思いやるという共通点があるのだと思います。
私の場合、仕事柄様々なご提案をさせて頂く機会があるのですが、その際に常々感じる事は心配りの精神の重要性です。
お客様に良いご提案をする為にはお客様以上にお客様の立場に立って物を考える事が必要です。つまり相手の立場に立つという事であり、それが心配りの精神へと繋がっていくのだと考えます。
どんなに自分では相手にとって良い物だと思っても、相手の立場に立たずに考えた時にはそうでないという事があります。
それでは単なる自分の考えの押し付けになってしまい、相手には伝わらないどころか迷惑になってしまう事すらあります。
そうならない為にも日頃から相手の立場に立つ事を心がけていますが、なかなか思う様にはいかない事も多々あります。
しかし、この精神は仕事だけでなく人と関わる上で全ての事に必要で有益な事だと思います。
人と人との繋がりが問題になりがちな今だからこそ、この心配りの精神を見つめ直す必要があるのではないでしょうか。
(東京支社 営業部 H.H)
「ミーム」という言葉をご存じですか? 日本語では「模伝子」などと訳される言葉です。自然選択(淘汰)される様子を進化になぞらえた時の遺伝子に相当する仮想の主体......まあ、簡単に言えば「文化の遺伝子」。例えば、Aさん独自のスタイルをBさんが模倣するという場合、Aさんのスタイル(=ミーム)がBさんに接触、感染したということになります。
で、私は最も強力なミームは宗教だと考えています。世界に点在する胡散臭い宗教も含め、信仰は感染しやすく、拡散しやすい。ま、感染させればさせるほど、その教義が広まっていくわけですから、強い。
ところで、現在の日本をそういう観点から見てみると、クリスマスに、初詣、節分に除夜の鐘つき...と各教義の「エエとこ取り」がうまい。日本という名のミームの寛容さゆえ?
しかし逆に言えば、超強力で攻撃的なミームがひとたび日本に押し寄せると、アイデンティティは脆くも崩れ去る予感......はなきにしもあらず。
いやね、隣国の核問題やらを見ていると心配に...(めっちゃ粘着質っぽいミームですから)。かなり置いていかれた感のある6か国協議を見て、ちょっぴり日本に危機感を感じた次第。ああ、しっかりしないとね、我々日本国民は。
(編集部 Y.R)
劇作家、脚本家として有名な、三谷幸喜氏(知らない人はいないと思いますが、去年は、映画「有頂天ホテル」を手がけていましたよね)のエッセイ本を先日久々に読み直しました。
このエッセイは、10年くらい前に発行されています。当時、小学生だった私は、「三谷幸喜=ユニークな人物」と認知し、爆笑しながら読み終えた記憶があり、最近、友達が「ビレッジバンガードで購入した」というのを聞いて、ふとこの存在を思い出し、読み始めました。
改めて読み直してみると、「家族の団らん」や「抜け毛」など、ほんとにささいな出来事でも、三谷氏の手にかかれば、舞台やドラマのワンシーンとなっていました。「これは、ほんまに現実なんかなぁ?」と思うこともあるけど、読み進めると、すっかり三谷ワールドにハマっていて、一人で吹き出しています。庶民的な話なのに、あれだけ笑わせてくれるとは、ほんとに天才としかいいようがありません。
そんな、彼から今後も生み出されていく作品に刺激を受け、私は彼を応援し続けていきます!
(編集部 Y.A)

