2007年4月アーカイブ

飲食店での撮影の際、終了後に試食させていただける事が多々あります。時にはかなり高級なお店で、一皿で随分と値段のはる料理だったりもします。実際に試食してみると、ひとつひとつが丁寧で繊細な味が口いっぱいに幸福感と共に広がります。

おそらく食材自体が良質な物だということもあるのでしょうが、それもさることながら、それを活かすシェフの丁寧できめ細やかな仕事を想像するに容易くありません。これこそがプロの職人の仕事なんだなと感銘を受けることがあります。

職種は違えど、クリエイティブな仕事を続けていく以上はそういった職人であり続けたい。自分の仕事、作品によって、幸福感を得られる人がいることを信じながら...。

(東京支社 制作部 K.T)

通勤・帰宅の電車中では、たいてい本を読んでいる。
東京のいわゆる満員電車の中だ。
家でじっくり静かに読書するのとは訳が違う。

電話ボックスほどのスペースすら確保できない車内。体をぴったりと寄せる右隣の乗客のイヤホンから大音量で流れるポップミュージック。左隣では居眠り中の会社員が船を漕ぎ、彼の頭がゴツゴツと肩に当たる。

そんな環境で読書していると自然に、
"電車本"があることに気づく。

電車本とは、満員電車でも読みやすい本を指す。
ストーリー、文体、リズム感。そして、文字は言葉と違って視覚から入るメディアだから、目で追いやすいことが絶対条件。気が散る環境で、気が散らない本と言い換えることもできる。

電車本が良書とは限らないが、文字で飯を食っている以上、電車内でも読みやすい文章を心掛けたいと、眼前に迫り鼻先に当たるドレッドヘアを眺めながら考えた。

(東京支社 編集部 T.N)

(東京支社 編集部 Y.N)

講談社「FRaU」が新創刊した際のキャッチコピー。
地下鉄・飯田橋駅構内でこの広告を見た私は、その足でコンビニに寄り、「FRaU」を手にレジへ並んだ。

「女は自由。」

男が自由なのか、というとそうではないけれど、この十数年間で女性のライフスタイルが多様化して、そのスタイルに悩みながら歩を進めるヒトがたくさんいるのではないかな、と思う。もちろん男性も。もちろん私も。
そんなときにどうだろう? 心を解放してくれるこのステキなコピー。

重い足取りが軽くなった気分。
目の前が一気に広がった感じ。
そういう力を実際に経験して信じたいから、私は(みんなも)話す言葉に、書く言葉に、一つひとつの言葉の気持ちを(実は)汲み取っているんだと思う。
そうじゃないと言葉は通じないから。

これから団塊世代が定年退職をし、またひとつ、新しいライフスタイルが生まれてくる。
次はどのような言葉が誰の心を解放してくれるのか。
そういう言葉の楽しみ方もいいんじゃないか、と、考える今日このごろ。

人の感情は、全身から得られるささいな情報に左右される。
『言葉』もそんな情報のうちのひとつである。

「上には上がいる、とは今は思わない」
  通訳を仕事にしているLA在住の知人が言った言葉。
「ユーモアは、どんなに貧しい時代にも存在する」
  喜劇脚本を作っている友人が発した言葉。
「私、もう3つになっちゃった」
  3歳になる友人の子供が、生き物は年をとると死んでしまうということを知った時に発した言葉。
「keep going」
  ラスベガスでショーを行っている人が、エンターテイナーでいるために必要なこととして言っていた言葉。
「この大空には大きいという言葉が小さいの」
  好きな映画の中の台詞。
「苦しい時、それは君が伸びるとき」
  中学の恩師がくれた言葉。

日常の中で、私はいろいろな言葉に刺激を受け、励まされ、そして自分をコントロールする。
難しい言葉ではない、いつも使っている言葉なのに、その重みは偉大だ。
そんな「言葉」を扱う仕事をしていることを誇りに思い、また責任を感じる。
そのバランスを取る心の中の作業もまた、私には、なんとも心地よい。

(東京支社 編集部 S.Y.)

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